コスタリカの石球

コスタリカの石球は、1930年代初めにコスタリカの密林で発見された石の球体のことで、現在までに200個以上が発見されています。オーパーツとして言われる由縁は、限りなく真球に近いためである。

現代の技術を使っても、真球を作ることは非常に困難であり、人工的に作ることができるようになったのは1990年代に入って、コンピュータ制御による技術が発展してからのことです。しかし、2m級の真球を作ることはまだ難しいとのこと。

 

コスタリカの石球は紀西暦300年から1500年頃に作成されたものだと言われており、大きさは2cm~2.6m、重さは最大25トンのものも発見されています。発見場所には当時、独自の文化を築いていたディキス人が暮らしていたようですが、石球の作成方法などはまだ解明されていません。しかし、この石球には人為的に作られた滑らかな面が確認されています。

作り方の説として挙げられているのは、木片を使った作成である。木片を使って実際に石球を作ってみたところ、60cmの石球をつくることに成功しています。しかも真球に限りなく近いものが完成したようで、木片で石球ができることは証明されています。

バグダッド電池

「バグダッド電池」とは、1932年、バグダッド近郊のホイヤットランプファ遺跡で発見されたものです。高さ10cm直径3cmほどの壷の中に、鉄の棒と銅の棒が入っており、アスファルトで固定されていました。さらに壷の中は、液体によって浸食されていた痕跡も見つかっています。

 

この壷のしくみから電池だったのでは、という説が浮上し、同様のもので実験したところ発電されることが確認されています。中に入っていたのは、ワインや酢であったと推測されており、電解液として役割を果たしていたようです。またこの地域のパルティア人は金細工技術に長けており、金メッキを施す際に使われていたのではと推測されています。

しかし「バグダッド電池」と呼ばれるものは多数発見されているが、電池として使用していた痕跡は発見されていません。また、電解液としてつかっていただろうワインなども推測のものです。あくまで電池として使われていたのならオーパーツとして言える代物だということです。

ちなみに「電池」が発明されたのは18世紀になってからです。

カブレラストーン

カブレラストーンは、1961年にペルー・アンデス地方のイカという村で大量に発見された石です。イカ川は年中ほとんど干上がっている、砂漠地帯に大雨が降った時に氾濫した。その氾濫により大地が削られ、古い地層が地表へと姿を表し、その中から発見されたと言われています。

 

発見当時、恐竜の姿が描かれていたことから、当時の技術では制作が不可能と判断され、オーパーツとされていました。「恐竜土偶」同様に、人間が誕生していた時には既に恐竜は絶滅しており、なぜその姿を知っていたのか謎でした。また、その大陸に生息していない動植物、天文学的な内容の絵、医学に関する絵などが描かれています。

この石に描かれていることが本当なら、恐竜と人間が共存し、さらに頭部や心臓手術も可能なほどの医療技術を持っていたことになり、高度な技術をもっていた古代文明が存在していた、ということになります。

しかし、カブレラストーンについては、取材によりその製作者が発覚したと報道され、捏造説も浮上している。現在発見されている恐竜の化石は人間が誕生する前の時代のものしか発見されておらず、恐竜と人間が共存していたという根拠はなにもないことは事実です。カブレラストーンはオーパーツなのか、捏造されたものなのか様々な意見があります。

モア

モア、はニュージーランドに生息していたダチョウ目に属する巨大な走鳥類であり、「恐鳥」とも言うようです。その姿はダチョウを一回り大きくしてがっちりとしており、足の太さも現存する鳥類とは違いしっかりしていることがわかります。体長は4mを超えるものもいたそうで、体重は200kg以上あったそうです。ダチョウのように空を飛ぶことができないため、足がしっかりしており、時速50kmものスピードで走ることができた推測しています。骨格は、牛や馬などの骨のように太く丈夫なようです。

最近まで生息しており、骨も採掘されているため、10種類ほどの種類がいたことや、消化を助けるために石を飲み込んでいたこと、さらに、大きさの割に脳が小さかったことなどがわかっています。また、飛べない理由については、天敵となる動物がいなかったことが考えられています。

絶滅してしまった理由については、ニュージーランドへ上陸したマオリ族の乱獲や、隕石衝突説などがあります。羽は装飾へ、他は食糧とされており、また、知能が低いため他の動物に比べ標的になりやすかったなど、様々な要素が重なってしまい、絶滅へという結果になってしまったようです。

モアについては、まだ目撃証言があり、現存しているのでは、と考える学者もいるそうです。

黄金ジェット

黄金ジェットは、1929年南米コロンビアのシヌー地方のプレインカ時代の遺跡で発見された直径約5cmのジェット機のような姿を象った黄金細工。現在はコロンビアのボゴタの国立銀行付属黄金博物館に展示されています。制作年は紀元500年~800年(シヌー文明)という説と、ブレ・インカ文明(インカ帝国以前のアンデス文明の頃)という説があります。

形は現代のジェット機のようにも見え、「ベル・ヘリコプター(アメリカの航空機メーカー)」の設計者・アーサー・ヤングの検証のよると、三角翼と垂直尾翼などから航空力学としても理にかなった形をしているとのこと。しかし、この黄金ジェット以外にも似たような、かつ不可解な形状の黄金細工も発見されており、鳥や魚などの動物、尾翼がないジェット機のようなものなども見つかっています。その中の一つにこの地域に生息しているナマズの一種「ブレコ」を象ったものではないかという黄金細工も発見されています。

また、この黄金ジェットの模型を作成し、実際に飛ばしてみたところ、空を飛び、着陸に成功した、という報告もあります。

また、ナスカの地上絵は同時期に作られたものだということもわかっており、もしかしたらこれらは何か関係があるのではと考えられています。